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2009年08月20日

東洋の魔女と称された、1964年東京五輪の女子バレーボール。

火の鳥NIPPONとは、
「心に情熱の炎を燃やし、
スピーディーなバレーボールで世界の王座を奪還して欲しい」という
願いが込められている。

現在ワールドグランプリの決勝ラウンドで
全日本女子は連日熱戦を繰り広げているが

「東洋の魔女」と称されていた

当時の女子バレーボールチームを見てみよう。

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1962年の第4回世界選手権では、
すでに東洋の魔女として恐れられていた。

この選手権で日本が宿敵・ソ連に
どこまで迫るかが焦点となっていた。

前年の欧州遠征でニチボー貝塚は、
ソ連や東ドイツに圧勝し22連勝を記録する。

この時からニチボ−貝塚は強さのあまり「東洋の魔女」と呼ばれ、

世界からも注目を集めていたのだった。


日本チームは、柔道の受け身に似た回転レシーブ、
手元で微妙に揺れる変化球サーブを駆使して

最終戦のソ連との全勝同士の対決は
セットカウント3−1で勝利し優勝したのだった。



当時のソ連は、1960年にブラジルで行なわれた
第3回世界選手権まで3連覇を達成していた。

その第3回世界選手権で2位に甘んじた日本は、
宿敵・ソ連を打ち破るために、激しいトレーニングに明け暮れたのだった。


当時全日本バレーボールチームの主力メンバーを抱えていた
ニチボ−貝塚は、

単独チームとして1959年から6年間無敗を誇り、
175連勝を遂げている。

それは名将・大松博文監督、
そして河西昌枝をはじめとする

ニチボー貝塚チームが築き上げた金字塔である。

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そうして1964年東京オリンピックに臨む
女子バレーボールチームの代表選手には、

言うまでもなくニチボー貝塚の選手が中心となって構成された。

河西昌枝はコーチ兼選手としてコートに立ちチームをまとめた。

宮本恵美子、谷田絹子、半田百合子、松村好子、磯部サダ。河西を含む

この6選手が中心に、

松村勝美、篠崎洋子、佐々木節子、藤本佑子(以上、ニチボー貝塚)、
近藤雅子(倉紡倉敷)、渋木綾乃(ヤシカ)を加え構成された。



彼女たちは世界選手権で勝利した後、
東京オリンピックに向けて、

激しいトレーニングにより

河西以下代表候補選手は、さらに強さに磨きをかけていった。


練習時間は1日10時間は当たり前で、

そのことは報道されて全国民の知るところであった。


河西は当時を振り返って言った。→にほんブログ村 女性アスリート応援

「厳しかったですよ。でも大松先生には厳しさと同時に
優しさもありました。だから皆んな付いていったのです。」と。


東京オリンピックは、日本、ソビエトに加え、
ポーランド、ルーマニア、アメリカ、韓国の計6ヶ国。

もちろんソ連にとっては、世界王者の座の奪還に燃えて東京に臨んでいた。


金メダルのかかった最終戦の日本対ソ連戦を除いては、
各国の対戦は実力通りに結果となっていった。

ソ連はポーランド、ルーマニア、アメリカ、韓国に対し、

1セットも許すことなく日本戦を待っていた。

日本もまた、ポーランドにこそ1セットを許したものの、

他国にセットを与えることなく次々と勝ち進んでいった。

モルテン/molten ソフトタッチ 5号球 検定落ち;MTV5SLIT :バレー、ボール

1964年10月23日(金)、

東京・駒沢バレーボールコートで、
女子バレーボールの優勝決定戦が行なわれた。

19時36分、

日本中が見守る中、日本とソ連の試合が開始された。


その時、日本の女子バレーボールはすでに世界の頂点に立ち続けていた。
日本の誰もが「東洋の魔女」の勝利を確信していた。

しかしこの試合を見守った全国民は日本の勝利が
本当に確定するまで心の底から応援を続けた。


一方、ソ連と金メダルをかけ、

コートに立った日本代表の女子チームには大いなる自信があった。

それこそ厳しいトレーニングに耐え抜いたことにより
生まれた「根性」に繋がるものだった。


第1セットを15−11、

続く第2セットを15−8と連取した日本チーム。

日本中は勝利を確信しつつも、
さらに熱い応援を送り続けた。

第3セット、14−13からサーブ権を得た日本は、
ソ連選手のオーバーネットにより、

「赤い旋風」とも呼ばれたソ連の挑戦を跳ね除けた。

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この「東洋の魔女」、6人の強さはチームワークの良さに加え、

何よりも激しいトレーニングよって
培われた技術と精神力にあった。

チームを指揮した大松博文監督は、

「ソビエトに勝つために、ソビエトの1倍半の練習を課した。
精神鍛練こそがアマチュア・スポーツの本来の目的であり、

世界制覇はその副産物である。」


さらに「バレーにヒーローはいらない。

精神力でしっかり支えられた6つの歯車がガッチリ
かみ合ってさえいればそれで十分である。

この精神力、すなわち根性が大切なのだ。
勝たねばならぬ、 と考える前にまずやらねばならぬ、

とする根性…、


これはいわば人間の限界を超えた苦しい練習に
鍛えることによって培われる」という言葉を残している。

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(東洋の魔女 2004年JOC)

2004年は金メダルを獲得してからちょうど40年。

「東洋の魔女」は、あの金メダルを獲得したコートに再び立った。

そして真剣な眼差しの子供達に囲まれた。

バレーボールが好きで好きでたまらない子供たちが、
「東洋の魔女」からの教えを受けた。→にほんブログ村 女性アスリート応援


大松博文氏は当時を回顧して、

「苦しかった。つらかった。選手たちの金メダルを見た瞬間、
とめどもなく涙が出てきた」と

第18回 オリンピック競技大会の報告書に言葉を残した。

そして「選手たちの根性に、わたしは敬謙な気持ちで頭をさげたい。
今後、これだけの根性を持った選手が再び 現れるかどうか、

わたしには疑問である。

日ソ戦の第3セット後半ーあれこそいい例である。

あれはまさに根性と根性の戦いだった。

その結果が3対0となって 現れたといえるだろう。」と。


また、「大松先生の教えがあって今の私たちがいる。
厳しいトレーニングの中で多くの事を学んだ」と河西さんは語る。


その河西を中心にまとまったチームは、

40年の時を超えて、今も堅い友情で結ばれている。

(情報元:JOC-連載・東京オリンピックから40年)



火の鳥NIPPONもロンドンオリンピクで、

このような素晴らしい歴史を築いてほしい。

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posted by ゆうすけ at 15:47 | Comment(0) | 女性アスリート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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